はてブコメント転載について 補足(重要)

 前回の記事では、私の説明に至らない点がありましたので、補足させて頂きます。皆様の貴重な時間を使わせてしまいますので誠に申し訳ありませんが、必ずお伝えしたい事柄ですので、どうかご辛抱下さい。平にお願い致します。

 「Rauru Blog」 には2つめのコメントを残しましたので、未読の方はそちらも読んで頂きたく存じます。

 前回の記事では、私が筆力不足、言葉足らずなため、誤解を招くような表現をしてしまいました。誠に申し訳ありませんでした。

 始めに確認の意味をこめて申しあげますが、私は私一人の為に自分の意見、感じることを述べているだけであり、私ではない誰かの為に書いているのはありません。「ここには、こう感じる人間が一人いる」という事実を知って頂く為に書いているのです。

 今までそうであったように、これからも私のはてブコメントは、「無断リンク」のように「無許可・無断」で貼り付けて頂いて一向に構いません。今までも事前に断りを受けたことは一切ありません。

 ただ、その場合、念頭において頂きたいことがあります。私は、私のはてブコメントを「引用、転載」するブログ等の運営者等には、必ずその運営者、ブロガー等本人による「一言」を付け加えて頂きたいのです。文字通りの一言でも、ツッコミでも何でも構いません。我が儘だと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、その点だけは断固として主張致します。

 私は、前回の記事で繰り返し「言及」という言葉を使っていました。その理由は、人が何かについて「言及」するということは、人がそれについて何かしら「内容等に関し発言する・意見を述べる」ということだからです。

 「言及」されること。それが、私が求めていることなのです。

 私が2月7日に「Rauru Blog」に投稿したコメントより

 

 全てのコメントを掲載されるなら、「真性引き篭もり」のhankakueisuu氏がされているように、全部ブクマコメントに対して一言でもコメント、ツッコミを頂けると嬉しいですね。     

 「真性引き篭もり」の運営者、hankakueisuu 氏は大量のはてブコメントを転載されています。私が「転載」の行為自体に拘っているのであれば、彼の名をこのような形で挙げません。矛盾しています。

 彼のような人気ブログの運営者が、大量のはてブコメントに対し、ひとつひとつ、一言でもコメント(言及)するのは、簡単なようでいてなかなか出来ることではありません。ですから、私はそれをやってのける彼のことを尊敬しております。

 そういった理由で、私は「(カテゴリー)はてなブックマークの全コメントに対するコメント」を書かれた彼を引き合いにし、「hankakueisuu 氏のように一言でも『ツッコミ、コメント』(転載して『言及』)してくれると嬉しいです」と訴えました。

 ですが、全ての記事のはてブコメントに対してそれを行うことは難しいでしょうから、「(単に全て「転載するのみ」で「言及もせず」に終わるより)「ピックアップして『言及』して欲しい」とも伝えました。

 大量のはてブコメントにひとつひとつコメントするという hankakueisuu 氏の行為に対して、「Rauru Blog」では単に羅列しているだけでした。無言でした。

 私が今まで気づいたものに関しては、自分のはてブコメントが(転載 or リンクを貼り)「言及」されたことに対し、反対意見を述べたことはただの一度もありません。私は、はてなブックマークをコミュニケーションツールとしても捉えておりますので、言及されることを大変嬉しく思っております。

 決して「人の言葉を貼り付けただけ」で終わって欲しくはないのです。その言葉を書いた本人として、「何故」それが、その運営者の目にとまったのか、自然と知りたくなります。私のはてブコメントを貼り付けているだけで、運営者が無言のままでは、「コミュニケーション」をとる気があるのかないのか、何を感じたのか、どういう意図があってわざわざ人の言葉を貼ったのか、その点をハッキリ表明していません。ですから、不快感を覚えるのです。さらに言いますと、気味が悪いのです。
 

 人の言葉を貼り付けること自体が目的、それで満足してしまうのならば、その行為を「言及」と呼びたくはありません。

 「シナトラ千代子」運営者、wetfootdog 氏のように、分析の為のデータとして使用する行為とは訳が違います。

 言葉では表しにくいのですが、そういった「無言で貼り付けるだけ」の行為は、私がはてブコメントを通して試みたコミュニケーションの手がかりの糸がばっさり切られたように感じます。それは「対話」ではありません。

 「はてブコメントを自分のブログで閲覧できたら便利だから」というのは、私には納得がいきませんでした。「運営者なのに、自分がわざわざ転載しているコメント・人が発した言葉に対しどう思ったかは伝える気は無いんだ。ただ並べて自慢してるだけと言われても仕方が無いんじゃないの?  (実際にはそうとは思いませんが)」「それじゃ、見物されているみたいだ。一方通行だ。私の意志、言葉はなおざりにされている。フェアじゃない」そう感じました。

 人のコメント、自分の記事に対する「リアクション」を並べるだけ並べておきながら、それらに対し、「自分のブログに対してのはてブコメントなんだから、運営者の権限で並べておけばいい」、「運営者としてその言葉に対する『リアクション』を伝える必要は無い。気が向いたときにしか伝えない」という姿勢なのであれば、上からものを言われているようです。私という一個の人間が尊重されていない、対等に扱われていない。そう感じます。

 初めてその行為を目にした時から、形容しがたいネガティブな印象が私の体の中でくすぶっていました。

 単に、雑誌への投書や、イベントへの感想などが人前で発表される、という種類のものとは違うと感じます。

 他の方がどう思われるかは私の知るところではありません。ですが、私の残した「言葉」が元記事に転載され、表示される以上、私が「フェア」だと思えない行為を人から受けたくはありません。

 まるでその行為が「当然の権利」であるかのように行使され、私の言葉が「転載され表示」されるのにも関わらず、私の記した言葉の内容に対しての「リアクション」は受け取れない、「無視」され、見物されることを「当然のもの」として甘んじて受けなければなりません。

 それならば、いっそのこと、私のはてブコメントは始めからブログ上に載せて頂きたくはありません。

 私のはてブコメントは半ば強制的に供給させられ、見世物にさせられていますのに、何も対価を得られません。「当然のごとく『人からコメントを取得して転載』するが、『そのコメントを書いた本人』には何も還元しない」という一方的な姿勢には、納得できません。片方の利益しか考えておらず、私が「対価を与えられる」ということが拒否されています。あるブログ記事を読む機会を与えたというのが、十分な「対価」だとは思いません。

 人の「言葉」は、その人の「思い」「考え」です。なぜそれほど軽々しく扱えるのでしょうか。

 それは、私にとって「フェア」ではありません。ならば、私は「『言及』目的ではない転載」を拒否します。「言及」目的ならば受け入れます。これが私にできる主張です。一方的な行為を人に求めるならば、「拒否」させる余裕ぐらいはあってもいいでしょう。

 「無視」という表現は適当ではないかもしれませんが、あえてその言葉を選びます。「言及」されれば、「人の意見を知ることができる」、「コミュニケーションがとれる」等という対価が得られます。

  私のはてブコメントが反論されているのを幾度か見かけたこともありますが、それは嬉しい出来事でした。「自分の書いた言葉」が、人が「アクション」を起こすきっかけになった、微かだけれど人に影響を与えたという事実と、その方の考えが、なぜ自分のものと相反するのか、その理由・価値観の違いを理解するのに役立ちましたから。

 あえてその反論された方のユーザー名は挙げませんが、彼/彼女と自分の考えを比較することで、自分の考えを少しですが客観的に分析できることも出来ました。

 「無視・無反応」より、「批判」してもらうほうが、よっぽど嬉しいです。「批判」されるのならば、相手に自分の価値観を分かって欲しい、安易な同意ではなく「別の価値観」として認めて欲しいという欲求が出て、自分の意見を表明する原動力にもなります。例え、腹が立ったとしても、一時のものです。

 
 相手と自分の価値観が何故違うのか、どういう経験をされてその考えに行き着いたのかにも興味が湧きます。

 「批判」等の自分とは異なる意見に刺激され、反論しようと自分の中を探ることで、面白い発見をすることが多々あります。例というほどではありませんが、前回記事の後半部分は当初書く予定ではありませんでした。前半の文章をタイプしていくうちに、後半部分が何故か自分の中からするすると出てきたので、私はこういうことを考えていたのか、と自分でも驚きました。不適切かもしれませんが面白いと感じました。正直言いますと、後半は批判覚悟でした。

 しかし、「意思疎通を図るためではなく、私の言葉が『見世物』のように扱われている」のを目にすれば、積極的に、私の考えを理解して欲しいとは思いません。

 今回、「Rauru Blog」で私のはてブコメントを言及して頂きましたが、あれは例外でしょう。

 人様のブログへ私が投稿した一般のコメントに返答が無くとも、私のコメントが表示され、読まれ、内容が伝わったのなら返答は特に必要ありません。あったら嬉しいですが。コメントへの対応はタイミングというのもありますし、不当に削除されなければ構いません。

 ですが、本来ブログには載らない「はてブコメント」をブログ等に引っ張ってきたのなら、何かしら、その行為を起こす「理由・動機」が必ずあるはずです。ならば、私のはてブコメントに関し、そのブログ運営者が感じたこと、それが一体何なのか、当該のはてブコメントを書いた張本人である私自身にも理解できるように、きちんと運営者による「言葉」として目に見える形で残して、私に「伝えて」頂きたいのです。それが無理、不当な要求だとは思いません。

 

 繰り返しますが、私が求めるのは、文字通り「一言」であり、気軽な、何気ない言葉で充分なんです。一行未満で構わないのです。「何を感じたか」が知りたいのです。

 今まで、私のはてブコメントが言及された時に頂いた言葉も、大抵短い言葉です。いい意味でフザけたものが多いです。私のはてブコメントは、特にはてなの断片部グループで言及されることが多いのですが、頂く言葉は、単なる一言ツッコミなどです。恥ずかしいため、あえて例は挙げません。

 確認させて頂きますが、私の主張は「人の目によるフィルタリングを介さずに、ディフォルト全部片っ端から全文を管理者が一切のコメントもせずに一般のコメントのように表示する」という行為は好まないということです。転載する前にブログ運営者が目を通されていても、内容に関係なく(コメントも付けぬまま)、全て転載しているのであれば、それは「フィルタリング」ではありません。

 もう一点、重要なことがあります。

 まず、自分の思うところをはてなブックマークでコメントし、そしてその結果、何かしら運営者等の目にとまり、「転載され『言及』される」のは歓迎しているのです。しかし、「運営者からのコメントも頂けないのに、ブログに載る」ことを「前提(強制)」にして書かされたくはないのです。それでは、自分の為に使うことが本来の目的である「はてなブックマーク」というものではないと考えます。 

 ブログ運営者からのコメントも無しに、全て転載されるということはそういうことだと感じます。「もれなくブログ運営者から、一言コメントが頂ける」という「前提(特典)」なら、話は大きく違ってきますが。

 私は、自分の為にはてなブックマークを使用しているのであって、他のブロガーの為に利用しているわけではありません。納得の行かない理由で物事を当然のように「押し付け」られたくはありません。

 私は外出先でもはてブを閲覧しますが、その場合、パスワードは勿論、ユーザー名さえ(URLは別として)人前では決してタイプしません。その為、プライベート設定には利便上できないのです。私の[後で読む]タグが目に見えて減らないのも、ログオフ(ゲスト)時に閲覧したブクマのタグをその場で編集しないからでもあります。

 また、私のはてブのfavはお気に入りユーザー数が数百人のため、流れが速いのです。ですから、気になったページはその場でブクマし、場合によっては[後で読む]タグをつけます。

 そうして流れ良く追加していかなければ、もう二度とその興味を引かれたページに会えなくなる可能性があるからです。そして後日、時間に余裕がある時にまとめて読むほうが、私としては能率的・合理的だと考えております。

 
 私の「独り言」のコメントが気になったのなら言及してくださって構いません。恥ずかしながら、今までにもそういったことは何度かありました。

 運営者の方から私の「独り言」を貼られ、何かしらコメントがあり、「これこれが分からないんですけど」とでも仰っていただければ、こちらも対処できます。ですが、運営者の一言も無く、「コメント」のように表示されているだけでは、それがどう解釈されたのか私には分かりかねますので、対処もできません。

 かといって、「独り言・覚書」ですし、「こちらから人様のブログで、わざわざ自分のはてブコメントについて解釈を持ち出すのもちょっと・・・・・・」となり、対応に困ります。自分が書いたはてブコメントも、ブログ管理者にとっては「数あるはてブコメントのうちのひとつ」でしかありませんから。(はてブユーザー側として見た時の印象です。)

 こちらから誤解が無かったか聞くにしても、誤解というものは時として思いも寄らぬところから発生するものですから、やはり心配が残ります。自分自身の文章を客観的に読むことは不可能ですので、何が理由で誤解されるのかは予測できません。今回のことでも、骨身に沁みました。

 特に、はてブユーザーではないビジターが、ブログ上に「一般のコメント」のように見える「運営者のコメントもついていない、別のビジターの独り言」を目にすれば、余計本来のものとは異なる解釈をするのでは、と気になるのです。私(あるビジター)から、他のビジターにコンタクトを取ることは難しいです。

 仮に、ネットユーザーが全員はてブユーザーならば、そういったことを気にかける必要もないかもしれません。ですが、現実は全く異なり、はてブユーザーはごく一部のネットユーザーだけですので、はてなブックマークというSBMの仕組みが分からない方、私とコンタクトをとる方法を知らない方に、下手に誤解を与えてしまうようなことはできるだけ避けたいのです。

 「独り言」はそのまま書いてしまうと恥ずかしい内容、けれども書き記しておきたい事柄等を、ワザとぼかして書いているケースもありますので、質問されても全てを答えられるとは限りません。勝手ではありますが、何卒ご了承ください。恥ずかしいものは恥ずかしいのです。

 何分、私は文筆に関しましては全くの未熟者ですので、私の考えをきちんと表すことができたのか分かりませんが、少しでも皆様の誤解を解くことができたことを願います。長々とお付き合い下さいまして、どうも有難うございました。

 私が前回の記事に見受けられるような、男性的・断定的な口調を使うのは、ただそれが「簡潔・明瞭に表現しやすく、語感が強い為、自分の意見・意志を伝える場面に適している」という理由からですので、全くもって「腹を立てた」、「キレた」ということを示している訳ではありません。どうかご理解の程お願い致します。 

 「Rauru Blog 」の運営者の方も、今後、私がそちらのはてブコメントで、何か気になる発言をしましたら、どうぞ遠慮なく引用、言及して下さって構いません。そんな大層なことを書けるとは思えませんけれども。

 今回、「Rauru Blog」 に私が残したコメントがSpam として処理されてしまった件に関しましても、逆にそれが起きたことで、自分の意見を引き出すことができましたので、結果的には良いことでした。その件に関しましては、むしろ感謝したいぐらいです。前記事での私の不躾な物言いにもご辛抱下さり、どうも有難うございました。

Posted: February 19, 2006

3 Comments »

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  1. んー、セクハラっぽいですが
    個人的感想をいうと丁度
    以前のエントリであった人格が変わる日で
    サイトでマシンガンぶっ放しまくってるのかなーと
    思ってました。

    Comment by pal — February 19, 2006 @ 3:34 pm

  2.  アホ。アホすぎる。

     そんなんやるんやったら、もっと直接的にぶっ放すよ。

    Comment by kerryl as the admin — February 19, 2006 @ 3:43 pm

  3. b.hatena コメント全転載について

    はてブコメント転載について 補足(重要) に対する返答なのですが、
    

    申し訳ありません。どうしたらいいかっつう私の中での結論が出てなくて、ずるずると放置してしまっとりました…

    Trackback by Rauru Blog — March 9, 2006 @ 6:29 am

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